インドネシアの子どもたちへ向けての支援活動

インドネシア孤児施設マンスリーサポーター

インドネシアの孤児施設へおよそ2カ月に一度、施設に必要なものを寄付し、子どもたちと語り合い、向き合い、共に考え、大きな夢を皆でつかもうというプロジェクトです。

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「学校へ行こう!」プロジェクト

インドネシア孤児院「PAZKI」へART BUSをプレゼント!再びインドネシアのストリートでポップなART BUSに子どもたちが乗り込み 笑顔で歌える日が来るように。

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過去の支援活動

School for Street Children

インドネシア孤児院「PAZKI」のリニューアルにご協力ください。そして彼らの目を見、声を聴き、一緒に歌う事で、彼らの将来に何が出来るのかを考えていくプロジェクトです。

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ART BUS FOR KIDS

インドネシアパリ島の恵まれない子どもたち、ハンディキャップを持つ子どもたちの学校YPACへスクールバスを届けました。

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インドネシアの子どもたちへ

私はこのインドネシアに訪れるまでは「社会貢献」という事には全く無縁でありました。
初めてインドネシアジャカルタを訪れた時、到着が遅いこともあり「トップガン」というバーに到着して早々行くことに。バンドとダンス・・・日本で言えばクラブのような場所なのでしょうか。日本人と白人、それと現地の人間が入り混じりビリヤードやら酒やらダンスやらと賑やかな光景であります。夜の12時を過ぎるとその光景は一変、インドネシアの女性たちがなだれ込むように店へ入店しあっというまに、一歩歩くのも大変なくらいの混雑です。現地通訳の話しによれば、彼女たちは向こうで言う「カラオケボックス」で働く女性たちでありその店が終わるとこのトップガンを訪れ、お客さんを探すとのことでした。
カラオケボックスの名称に、日本人として恥ずかしい思いを忘れません。事実、私がトイレへ行こうものなら次々と女性たちに声をかけられ、しかも、どう見ても若い女性たち・・・

到着して最初に目にしたのがそのような光景でしたので「なぜそうなるのか」を考えるきっかけとなりました。一方ジャカルタの街は立派なビルなどは日本と変わりはありません。ただ、それを挟むかのように佇むボロボロの家も存在します。ショッピングビルを一歩出ると、裸足の子どもたちが寄って来て「おかねをちょうだい」とまとわりついてきます。交差点では新聞などを売り歩く情景はテレビなどでも見た事はありますが体の不自由な子どもを抱き、物乞いをするといった光景。しかし、これは子どもを借りているのだという事実。どこからかそういった子どもを借りてくるのだと・・・

有名なファーストフード店も数多くあり、しかし、インドネシアの平均月収からすると、それは決して安い値段ではないはずなのに、学生や若い年齢の子どもたちで一杯であり・・・私はこの国を知りたいという願望で一杯になり、以来2カ月に一度は訪れる事となりました。

当初は会社の業務のひとつである「ネット通販」の商材を探しに行ったのですが、その側面で様々な光景を目にし、聞く事で「何か自分に出来る事はないか」と考えた事が、今につながっています。最初は失敗もたくさんありました。失敗談はお会いした方々へは話しをすることがありますが、私にとってはそれも経験であり、今に生かされているであろう貴重な体験となっています。

紆余曲折を経て、巡り合ったのがYPACという小さな学校。恵まれない子ども、ハンディキャップを持つ子どもたちのためのこの学校との関係を通じ、さらに事実を聞き学ぶことで、国の事情や習慣が違う事を理解した上で、経験した上で、子どもたちの教育の大切さが何よりも根本にある問題との認識で一致。外貨が飛び交う国において将来の夢を見出すことの難しさがあり、教育環境の不備から選択肢が我々よりも著しく限られる現状。インドネシアを横断する事で、貧しい部分と豊かな部分。教育を受けることで、この国には、子どもたちには未来がある・・・と確信し、民間NGO学校法人YPACへの支援活動がはじまりました。

この時点で私に出来ることなどごく一部であり、それによって何が変わるのかという葛藤もありましたが、誰かがテレビでも言ってました・・・「何もしないよりはいいだろう」テレビのそれはともかくとして・・・

貴重な経験をした結果「何もしないこと」へ抵抗を感じ、まずはインドネシアの子どもたちへ向け、今出来ることに取り組んでいます。

インドネシアの教育事情

インドネシアの教育制度はほとんど日本と同じで,6・3・3・4制である。義務教育も日本と同じ小中の9年間である。しかし,イスラム教国家であるため教育文化省所管の学校だけでなく宗教省所管の学校もある。

貧富の差の激しいこの国には学校に通えない子どもたちが多数いる。父親の仕事を手伝ったり,道で物売りをしたりしている子が多い。小学校の就学率は,94.9%であるが,中学校は51.4%とかなり低くなる。(『インドネシア・ハンドブック2000』ジャパンクラブ発行)

一方,豊かな家庭の子どもたちの多くは,私立の学校へ通っている。多くは自家用車での通学であり,子どもの通学に1台の車が使われる。学校が休みとなると,朝のラッシュは極端に少なくなることから,毎朝早く中心部にまで通学する子どもたちが多いということがよくわかる。

子どもたちは朝6時過ぎから歩いたり,バスを利用したりして登校していく。公立の小中高校では,朝登校して昼帰る子たちと昼登校して夕方帰る子たちがいる。これは足りない校舎を有効に使うための方策である。中学・高校では,朝登校するのが2年生の半数と3年生で,昼から登校するのが1年生と残りの2年生であることが多い。

インドネシアでは国内の公立学校全てが同じ制服を着ている。小学生は上が白のカッター,ブラウスで下が赤のズボン,スカートである。中学生は上が白,下が青であり,高校生は上が白,下が灰色である。また,曜日によっても制服を変える。月曜日は下も白としたり,木曜日か金曜日には上が柄入りのシャツとしたりしている。このため制服の費用が各家庭に大きな負担となっている。