2015年5月2日~5月6日 Kさん

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5月2日に主人が札幌にきて、家族そろってゴールデンウィークを過ごすことができました。6才の息子は今、魚釣りにとても興味があり、お父さんがきたら一緒に海釣りをするのを心待ちにしていました。

父親不在の母子避難では、どうしても男親が必要な海釣りのような経験を母親だけでさせてあげることができません。
息子にとっては待ちに待ったのゴールデンウィークでした。

小樽の海で、父親と釣りをしてはしゃぐ息子を見つめながら、家族一緒って何て幸せなことなんだろうと思いました。
原発事故をきっかけに母子避難になり、それまではあたりまえだった家族一緒のありふれた日常を失ったこの4年間、主人がくる度にいつもこのことを思い、短い間の幸せをかみしめて涙がにじみます。

いっそ主人は単身赴任や遠泳漁業の漁師さんだと思うことにしようと自分に言い聞かせたりもしますが、事故後ノイローゼになりかけながらの福島での防御の毎日、避難先を探した眠れない毎日、頼る人もなく初めて訪れた札幌で始めた生活。これまでの記憶は消すことはできず、やはり発事故による母子避難なのだと思います。

主人は4年前から時が止まったような、2才の息子のおもちゃや絵本がリビングに残る家に一人で帰ります。
1才の息子のために作った手作りの小さな砂場、生まれたときに庭に植樹したエゴの木、小さい息子が落ちないようにち手作りの網をつけて、そこに朝顔が花を咲かせていたウッドデッキ、主人と私で何年もかけて土作りからした小さな畑、ラベンダーやハーブの花壇。
主人は家族を札幌に避難させて、一人どんな想いで庭を眺め生活しているのだろうと考えると、胸がぎゅっと苦しくなり、やり場のない悲しみと怒りが込み上げます。

福島に戻ればまた家族一緒に暮らすことはできても、アレルギー体質で科学物質にも敏感で体調を悪くする息子の健康を考えると、戻る決断はできません。
家族が離れ離れになってもなお子どもを守りたい母子避難の母親達にとって、遠く離れた父親に会うことを支援してくださるこのプロジェクトは心強く思います。
母子避難のほとんどは、線量が高いにもかかわらず国からの補償がない自主避難です。子どもをそこで育てることを諦めた自宅のローンを支払いながら、経済的にも苦しい二重生活です。

今回もご支援いただき、みんな地球の子どもじゃんの皆様、賛同していただき共感をもって支援していただいた皆様に感謝の気持ちで一杯です。

札幌に住む私のまわりには、同じようにアレルギー体質だったり気管支が弱かったり化学物質に敏感な子どもを抱えた母親が、父親不在の中で子育てに奮闘しています。
友人からお父さんに会った後、飛行場で子ども達は泣き崩れるという話を聞くと、切なくなります。
放射能汚染の現実。普通に暮らすことができる子どもいれば、敏感な体質でそうでない子どももいるという事実。
事故後4年たった今でも家族一緒の普通の暮らしをとりもどせない子ども達がいることを知ってほしいです。

家族一緒に過ごす幸せな時間を、一人でも多くの子ども達に、一回でも多く届けられるよう、パパ会いたいプロジェクトへのご支援をお願いします。