パパに会いたいプロジェクト~夏休み家族再会支援~ F様より届いたメッセージ

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「忘れもしないあの日から早5年。札幌に移住してきたのは2012年のお正月頃でした。なので札幌での避難生活は4年目になります。
移住まで時間がかかったのは家族からの猛反対があったから。

まず我が家が母子家庭であること、札幌は両親の故郷であり、私も馴染みのある土地ではありましたが、知り合いも全くいない状態での移住、まして福島ではなく関東からの避難移住に、私の家族は大反対したのでした。誰も知り合いがいない土地に家族から離れて子供を連れて、ふたりきりで暮らすなんて息子が『かわいそう』と何度も言われました。

放射能汚染問題にしても、首都圏は避難区域になってるわけでもなく、国から重点汚染調査地域に指定されている私の住んでるところでも、意識はそれほど高くはなく、実際、数名の仲間たちと「子供たちを放射能から守ろう」と署名活動などをしていた時期などもありましたが、自治体は動いてくれず(今はだいぶ変わったようですが)移住もそんな自治体、もしくは国に対して絶望を感じての決断でした。結局、家族の反対を押し切り移住して4年。何もかもがあっと言う間でした。

子供の方が順応性が高いらしいのが唯一の救いで、普通に学校に行き、普通に校庭で体育をして、公園で遊び(今はゲームにはまってますが)、そんな当たり前の生活に毎日、感謝の気持ちを感じています。福島はもちろんのこと、関東でも、そんな当たりまえの生活をするのは本来ならもう無理なのですから。

今回「パパと会いたいプロジェクト」のことを知人と通して知り応募させていただき、お陰で、関東の実家にいる母を札幌に呼ぶことができました。

息子にとっては大好きなおばあちゃんです。もともとおばあちゃん子だった息子は大喜びで、母が来てからはずーっと母(おばあちゃん)にべったりです。母の誕生日がちょうど終戦記念日だったので、3人で小樽に一泊し、ささやかな誕生日祝いをすることもできました。母は2年前から甲状腺がんを患っており(原発事故の影響でなければ何なのでしょうか)また心臓病も患っており去年手術をしたこともあり、今回はなんとか札幌に来ることができましたが、たぶん、これが最後の札幌になりそうです。

母にとっても、息子にとっても、もちろん私にとっても一生忘れられない思い出になりそうです。最後に親孝行をさせていただき「パパと会いたいプロジェクト」のご関係者様、ご支援を頂いた皆さまに心から感謝させていただきます。ありがとうございました。

このプロジェクトは皆様からの支援金により運営、実行しています。
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