2016年1月29日~1月31日 Eさん

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私たちは2013年7月に東京都府中市から札幌に自主避難しました。
震災後1年は特に健康被害もなく過ごしていましたが、2年目に宮城の瓦礫を近隣で焼却した途端に凄まじい健康被害にみまわれ移住を決断。
目の下のクマ、とれない疲労感、繰り返す肺炎と胃腸炎、白血球減少症、甲状腺の嚢胞、鼻血、頻脈と不正脈…あげればキリがないほど。今までは丈夫だったので、一年で一生分の病気を経験したのではないかと感じるほどでした。

よく「敏感体質は大変ね」と言われますが、大きな勘違いだと思います。
しきい値と体力は別物であり、また放射能は敏感な人だけに降り注いでいるものでもありません。体調不良として現れるかどうかだけの違いです。
みな同じように被曝し、そしてその影響は世代交代するほど色濃く出るのに、防御は今現在生きている私たち自身にしかできないのです。私たちは今の生き方考え方が次世代にまで大きな影を落とすかもしれないと考え、大好きな東京を離れる覚悟を決めました。

たくさん捨てて、たくさん諦めて今に至ります。
物だけじゃなく将来を夢見てたことも楽しかった毎日も…。

全部夢だったらいいのに。
地震も津波も原発事故も…。
そう思ってる人は数え切れません。
私も何度もそう思ったけど、現実は変えられないから前を向いて歩いて行くしかないんです。

自分で決めた事とはいえ、住み慣れた土地を離れ親族や友人と別れるという淋しさ悔しさは言葉に表す事は出来ません。何故私たちなんだろう?と思いますよね。誰だって。

強制避難区域でもないのに避難なんて個人のわがままなんだから支援なんて必要ないよ!という人もいます。

でも短い間でも、こうしてパパやおじいちゃんやおばあちゃんと過ごす時間は避難や放射能という現実を忘れさせてくれ、支えてくれる誰かがいるという安心感があるからこそ前を向けるのではないでしょうか?

支援団体だけでなく移住地の人々の優しさも大きな支えです。
札幌に来たからこそ出会えた知人友人たちに感謝したいです。

もうすぐ震災から5年。これからますます健康被害や母子避難が増え、支援の輪も必要になってくると思います。
少しでも多くの家族にこのプロジェクトが届き幸せな時間を過ごせますよう、私も拡散につとめていきたいと思います。

今回は楽しい時間を本当にありがとうございました!